大震災後の被災地の再生と発展に向けた提言 Springer社より “Reconstruction Period and the Stages of Regeneration After a Great Earthquake: Experience from the Great East Japan Earthquake” が刊行されました
2026年2月5日
坂本直樹教授(財政学/人文社会科学部担当)らによる書籍 “Reconstruction Period and the Stages of Regeneration After a Great Earthquake: Experience from the Great East Japan Earthquake” が、2025年10月2日、Springer社より刊行されました。
本書は、廣野桂子教授(日本大学)および矢口和宏教授(敬愛大学)を編者とするもので、坂本教授は中嶌一憲教授(兵庫県立大学)との共著により第6章を担当しています。同章では、防災・復旧・復興への投資と公的保険を通じた地域間のリスクシェアリングについて、理論分析に加え、SCGE分析(空間応用一般均衡分析)によるシミュレーションを行っています。
本書の概要等は以下のとおりです。
Reconstruction Period and the Stages of Regeneration After a Great Earthquake: Experience from the Great East Japan Earthquake, edited by Keiko Nosse Hirono and Kazuhiro Yaguchi. https://doi.org/10.1007/978-981-96-8822-7
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概要
この本は、大震災の後の被災地の再生と発展についての具体的なアイディアと示唆を提言する初めての試みである。各章の内容は、それぞれの章の筆者の東日本大震災の経験と分析に基づくものである。本書は、多様な面―経済、メンタルヘルス、ソーシャル・ビジネス、地域間のリスクシェアリング、都市問題、住宅、そして、産業の復興の面―から震災からの再生期と発展期に関する分析を所収している。各章の筆者は、東日本大震災の14年後に東北地方に現存する諸問題を扱っている。これらの問題は、ハード―例えば、都市の再興、住宅、及び、産業の再生―とソフト―地域住民の心のケアと生活の質(QoL)―に関するものである。
東北地方の再生に必要な要素は、以下のことがある。(1)生産年齢人口の流出による人手不足の解消と復興事業に関連する技能を持った人材の確保、(2)企業の事業資金の不足、住民の生活資金の不足、自治体の財源不足を緩和すること、(3)東北地方で生産する製品・サービスへの需要の創出、(4)効率的で、かつ、安全な都市計画、(5)耐震化された安全な住宅、(6)ソーシャル・ビジネスによるコミュニティの再生、(7)震災後のアルコール依存への対策、(8)地域間の自然災害のリスクシェアリングを行うことである。
これらのテーマをより詳細にみていくと、第一に、資本ストックの復旧に伴うコスト負担を抑える必要がある。再生のためには、資材などの価格高騰の抑制や安定的な人材の確保が必要である。第二に、復旧後の経済を持続的に発展させることが肝要である。特に東北地方は、雇用機会の不足による人材流出、高齢化、財政難などの克服すべき様々な問題に直面していた。震災はこれらの問題をより一層深刻にさせた。第三に、復興支援に寄与する資金援助のあり方を検討する必要がある。具体的には各種補助金や事業資金の融資、さらには生活に困窮する人々への金銭的な生活支援である。これらの課題を着実に実行し、かつ、資金援助と東北のポテンシャルを生かしながら、財・サービスへの永続的な需要が期待できる新産業を東北発で展開していくことが不可欠である。
東日本大震災の後の防災・復旧・復興の新規投資の実現をみると、我々はこれらの投資に加えて、公的保険を通じた地域間のリスクシェアリングの分析の必要性を実感した。日本では、自然災害のリスクが高いため、国全体で効率性の観点から、地域間の自然災害に関するリスクシェアリングの制度設計が重要である。
ソーシャル・ビジネスは、雇用創出、ひいては人口の増加を通じて被災地のコミュニティの形成において重要な役割を果たす。人口の増加は消費を拡大させ、ひいては地域経済を活性化させる。したがって、ソーシャル・ビジネスを促進するための課題を検討する必要がある。
住民の生命を守るためには、住宅、特に耐震化改修が円滑に進んでいない借家の耐震化が不可欠である。住宅の耐震化においては「採算性」が重要な事項となる。なぜなら、住宅の改修プロセスには多額の費用がかかり、改修コストに見合う十分な賃料収入が必要となるからである。もし住宅の耐震改修が採算割れとなる場合、その収益性不足を補完し、耐震化を加速させるための政策を立案・実施しなければならない。
東日本大震災という未曾有の災害がもたらした深刻なストレス、喪失感、そして家と呼べる場所の欠如は、東北地方の一部の人々をアルコール依存へと追いやった。したがって、被災地においてはアルコール関連問題への対策を講じることも重要である。
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本書の構成と主な論点
本書では、以下の9つの点について論じる。
- 東日本大震災に関する経済学の分析の研究成果を提示する。
- 被災地の再生と発展の方法を経済学で分析するための手法とモデルを提示する。
- 住民のニーズを反映し、かつ地方自治体にメリットをもたらす形で、前述の問題を解決しうる政策の方向性を提案する。
- 被災地と密接に関わる経済学者や福祉心理学者(精神保健福祉士)が、被災地の現場を重視し、地域の現実に即した視点から政策を提言する。
- コンパクトシティ政策や公共交通政策を検討し、効率性、防災、そして高齢居住者の利便性に基づいた都市計画を提案する。
- 地方自治体の財政支援を活用し、賃貸業者にとって耐震工事を採算の合うものにし、借家の耐震化を加速させる手法を提供する。また、借家の耐震化促進において、減税と補助金のどちらが優れているかを理解するための理論的かつ実践的な比較を行う。
- 社会的課題を解決するために、成功するソーシャル・ビジネスの手法を提案するとともに、その中に潜む潜在的な課題を特定する。
- 震災で荒廃した被災地におけるアルコール関連問題の解決手法、および震災から数年が経過した段階で被災者の依存症克服を目指すための本人と支援者のためのサポート・ネットワークの提供方法を提案する。
- 空間的応用一般均衡(SCGE)モデルを作成し、東日本大震災による被害や復興投資・公共投資の効果を測定するとともに、自然災害に対する地域間リスク分担のための財政制度を理論的に分析する。
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各章の概要と著者
第1章(Kazuhiro Yaguchi and Keiko Nosse Hirono):東日本大震災の被害状況と復興の現状と計画及び本書の貢献 第一に東日本大震災による被害状況と復興の現状を示した。被害状況は、阪神・淡路大震災と2016年熊本地震と比較したうえで、東日本大震災独自の特徴を抽出した。第二に東日本大震災後の国と宮城県の復興計画を紹介した。そして、これらの復旧・復興政策は過去の被災地域の地域政策の内容と類似している点が多いことを指摘した。第三に第2章から6章までの5つの論文の概要を示し、それぞれの研究がもつ貢献部分を紹介した。
第2章( Shumpei Yaoita):ソーシャル・ビジネスと地域共創 官民の主体を通じて実施され、被災地における起業家精神を通じて地域課題を解決し、地域コミュニティを「共創(co-create)」する「コレクティブ・インパクト・ソーシャル・ビジネス」について解説する。また、このソーシャル・ビジネスにおけるいくつかの課題も特定する。
第3章 (Kazuhiro Yaguchi):コンパクトシティと都市計画 東日本大震災後の東北地方における都市計画、特に比較的高い居住密度を持つコンパクトシティの必要性を探究する。高い高齢化率(65歳以上)と進行する過疎化の中で、安全な都心部を中心としたコンパクトシティは、財政的な観点から社会インフラを効率的に改善・維持するために理想的である。コンパクトシティの概念に基づく地域開発は、効率的であるだけでなく、津波災害のリスクがある沿岸部から都心部への移動という観点からも安全である。同時に、被災地の高齢者のモビリティ(移動性)を向上させるための公共交通政策も提案する。
第4章 (Maiko Wakabayashi):自助グループと支援ネットワーク アルコール関連問題に対する地域の対応の変化を実感した、自助グループの支援者やメンバーへのインタビューの内容を紹介する。インタビューに基づき、広大かつ高齢化が進み、過疎化した被災地域において、支援ネットワークを構築する方法を提案する。
第5章 (Keiko Nosse Hirono):耐震化に対する支払意志額と財政支援 賃貸の共同住宅の耐震改修に対する消費者の支払意志額(WTP)を推定し、耐震改修による賃貸業者の利益を計算するモデルを構築する。このモデルを用いて、地方自治体による財政支援の必要性と支援額を決定するフレームワークを開発し、財政支援の手法として減税と補助金を比較する。また、東京と被災地における実証的な推計を行う。
第6章 (Naoki Sakamoto and Kazunori Nakajima):地域間リスク分担とSCGE分析 防災、復旧、復興への投資に加え、公的保険を通じた地域間のリスクシェアリングについて理論的に分析する。SCGE分析(空間応用一般均衡分析)を行い、防災および復興・復旧投資の非対称的な波及効果を定量的に実証し、公的保険が厚生(welfare)をどの程度改善するかを明らかにする。
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本書の学術的貢献と意義
全体として、研究に有用な新しい分析手法がいくつか提案されている。例えば、(a)企業が借家の耐震化から利益を得られるかどうか、および(b)借家の耐震化に必要な財政支援額を推定する方法(第5章)などである。さらに、防災・復旧・復興への投資による地域所得の減少を内生化したSCGEモデルも提案されている(第6章)。
本書の著者の多くは、東日本大震災発生時に東北地方の大学に勤務していたか、東北地方で研究を行っていた、あるいは東北地方の出身者である。したがって、彼らは同地域と震災の影響について直接的な体験に基づく知識(一次情報)を有しており、本書の提言は具体的かつ現実的で、解決志向のものとなっている。
東日本大震災後に東北地方が直面している課題――高齢化、人材不足、財・サービスへの需要減少、精神障害、自然災害――は、日本のみならず世界中の多くの国々が近い将来直面する可能性のある課題である。したがって、本書の内容が将来の問題解決に向けたヒントとなることを期待する。




