教員紹介

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渡邊 将尚

WATANABE Masanao

コース:グローバル・スタディーズコース
メールアドレス:wata-m@
ホームページ:http://www-h.yamagata-u.ac.jp/~wata-m/
オフィスアワー:シラバスを参照してください。
専門領域:ドイツ文学、比較文化
大学院担当:文化システム専攻 ドイツ現代文化論
山形大学研究者情報:http://yudb.kj.yamagata-u.ac.jp/html/574_ja.html

※メールアドレスの@以降は「human.kj.yamagata-u.ac.jp」になります。

研究テーマ

  • ①戦後ドイツの諸問題 第2次大戦の敗戦を受けてその後ドイツがどのような道をたどってきたのかを、現代作家(ハインリヒ・ベル、ギュンター・グラス、ジークフリート・レンツ、マルティン・ヴァルザー、クリスタ・ヴォルフなど)の作品を通して検討しています。 また、最近では、ドイツ全土を巻き込んで活発に意見が交わされた3つの歴史論争の分析を通じて、文学作品以外の視点を取り入れた、戦後ドイツをより多角的に見る試みも進めています。 ②比較文化 (1)日独文化交流史(明治期のドイツ人教師、青島鹵獲書籍などの研究) ※「青島鹵獲書籍」:第1次世界大戦において、旧日本軍が中国の青島に駐屯するドイツ軍に勝利した際、武器などとともに日本に持ち帰った書籍類のことを言います。これらの書籍は各大学・旧制高等学校・師範学校等に分配されました。旧制山形高等学校にも配分が行われ、現在、本学「小白川図書館」書庫内に200点以上所蔵されていることが分かっていますが、その冊数の算出方法や、書籍の選定方法については未だ不明であり、さらなる調査が必要です。これらの経緯が解明されれば、山形高等学校の当時の位置付け、あるいは中央との関係を知る上で重要な情報の1つとなると考えています。 (2)ドイツにおける異文化受容の研究 上記(1)のアプローチとは反対に、ドイツ人たちが自らと異なる文化圏をどのような目で見ていたのかについての研究です。具体的には、ドイツから見た北欧・西欧・東欧・南欧イメージの研究、文学作品における東洋思想モチーフの研究、ドイツにおけるソ連共産主義観、植民地主義観などをテーマとしています。 (3)東南アジア文化等、新たな視座をふまえたナチズム研究の模索 ナチズムを研究し続けることもまた、ナチズムを忘却させない1つの有効な手段であるという考えのもと、数年前から当該研究に取り組んでいます。しかし私はナチズムだけを研究し、ナチズムそのものへの理解を深めただけでは不十分であると思っています。なぜなら、他の類似の事例と比して、ナチズムの何が「異常」であり、何が常軌を逸していたのかを正確に見定めない限り、何を反省すればよいかについても正確な指針が得られないはずだからです。現在、ヒトラーと同時代のタイで同様に独裁的な権力を振るったピブーンとの比較や、イギリスの領土拡大政策との比較を試みています。

論文

  • 抑圧されたアイデンティティー反フィッシャー論者の言説から見た「フィッシャー論争」,ドイツ文学論集,(53) 21-35,2020年10月
    単著
  • 「アジア的」,「好戦的」,「男性的」なナチズム――「歴史家論争」の再検討,ドイツ文学論集51号, ,2018年09月
    単著
  • ジェノサイドを可能にする思考――ナチズムにおける論理の転換過程,山形大学大学院社会文化システム研究科紀要第14号, ,2017年09月
    単著
  • 無限に拡大する「民族性」――ヒトラーとピブーン,2人の独裁者の言説をめぐって,山形大学人文学部研究年報 第12号, ,2015年03月
    単著
  • 過去への執着という病―マルティン・ヴァルザー『幼年時代の保護』における主人公の死をめぐって,「山形大学人文学部研究年報」,(11) ,2014年03月
    単著
  • 聴取者はどこにいるのか : ジークフリート・レンツの2つのラジオドラマ,「ドイツ文学論集」,(44) ,2011年10月
    単著
  • 時間の文学としてのジークフリート・レンツ―ラジオドラマ「家宅捜索」と長編小説『パンと見世物』,「山形大学人文学部研究年報」,(8) ,2011年03月
    単著
  • 「過去」を背負う者,背負わない者―マルティン・ヴァルザーの戦後ドイツ社会論,「山形大学人文学部研究年報」,(6) ,2009年03月
    単著
  • 「あらゆる既存の概念を超えたアウシュヴィッツ」?―マルティン・ヴァルザーのエッセイをめぐって,「山形大学人文学部研究年報」,(5) 133-144,2008年02月
    単著
  • 「事物の流れ」の中の共産主義――ブレヒトの『処置』,ドイツ文学論集,(40) 27-36,2007年10月
    単著
  • 共存する批判と是認――ブレヒト『転機の書』におけるソ連共産主義,山形大学紀要(人文科学),16(2) 121-134,2007年02月
    単著
  • ブレヒト「老子の伝説」における老子像の諸相,「ドイツ文学論集」,(38) 59-69,2005年10月
    単著
  • ドイツ語Web-CALLシステムにおけるより効果的な出題形式――選択式と記述式の比較――,「山形大学大学院社会文化システム研究科紀要」,(2) 25-32,2005年07月
    共著
  • ドイツ語Web-CALLシステムに対する学生の問題意識について,「山形大学人文学部研究年報」,(2) 137-146,2005年02月
    共著
  • ユダヤ人の見たハインリヒ・ベル――ライヒ=ラニツキの『九時半の玉突き』論,山形大学紀要(人文科学),15(4) 91-101,2005年02月
    単著
  • 「裏返しのサクセスストーリー――メッケルの『隠し絵』に見る戦後ドイツ」,「山形大学紀要」(人文科学)第15巻、第3号, ,2004年02月
    単著
  • 「インターネットを用いたドイツ語授業補助システムの開発と実践――定冠詞の練習問題」,「山形大学紀要」(教育科学)第13巻、第3号, ,2004年02月
    共著
  • 「逆読みされるテクスト――C.G.ユングのチベット仏教論」,「東北ドイツ文学研究」第47号, ,2003年12月
    単著
  • 「知の階層構造――C.G.ユングのインド旅行記――」,「ドイツ文学論集(日本独文学会中国四国支部)」第36号, ,2003年11月
    単著
  • 「先験的パラダイム――C.G.ユングの科学批判再考」,「山形大学紀要」(人文科学)第15巻、第2号, ,2003年02月
    単著
  • 「アンチテーゼ・ユートピア・鏡――ブレヒトにおける東洋」,「東北ドイツ文学研究」第45号, ,2001年12月
    単著
  • 「ブレヒトにおける両義的な東洋像――『コイナー氏談義』の東洋的要素をめぐって」,「ドイツ文学論集」(日本独文学会中国四国支部)第34号, ,2001年10月
    単著
  • 「東洋排除の構造――へルマン・ヘッセの『荒野の狼』」,「東北ドイツ文学研究」第44号, ,2000年12月
    単著
  • 「矛盾する東洋像――C.G.ユングの『黄金の華の秘密』――」,「文化」(東北大学文学会)第63巻、第3・4号, ,2000年03月
    単著
  • 「ヘッセの作品に見るインド思想観の変遷――インド旅行から『シッダールタ』まで――」,「東北ドイツ文学研究」第42号, ,1998年12月
    単著

著書

  • ドイツ哲学・思想辞典,ミネルヴァ書房,2020年06月
  • ドイツ語基礎単語帳,朝日出版社,2018年01月
  • 文学における不在,原研二先生追悼論文集刊行会,2011年10月

学外での活動(高大・地域連携等)

  • ふすま同窓会常任理事,2019年05月-継続中
  • ふすま同窓会100年記念祭実行委員,2018年06月-継続中
  • 山形大学生活協同組合理事,2017年06月-継続中
  • ティーデマン・ふすま賞委員会委員,2014年04月-継続中
  • 崇武館空手道選手権大会顧問,2003年10月-継続中
  • 放送大学山形学習センター客員助教授,2003年04月-2009年03月

相談に応じられる分野

  • ドイツ文学・ドイツ事情・国際交流

インタビュー

 ― : 先生はドイツ文学を研究していらっしゃるそうですが、具体的にどのようなことを研究していらっしゃるのでしょうか?
渡 辺: 主に第2次大戦後のドイツ文学です。生きている作家の作品を中心に同時代に生きるドイツ人たちが何に悩み、それにどのような解決を見出そうとしているかについて研究しています。
 ― : ドイツ人たちの悩みとは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
渡 辺: まず、真っ先に浮かぶのは、戦争責任やナチズムといったドイツの「過去」をめぐる問題でしょう。この問題は未だに解決していません。
 ― : この問題を扱った文学作品としては、どのようなものがあるのでしょうか?
渡 辺: 1968年に出された、ジークフリート・レンツの『国語の時間』が挙げられます。この作品の舞台は第2次大戦中の北ドイツです。当時ナチズムに盲目的に付き従い、ただ任務を遂行することしかできなかった父親の姿が、主人公である息子の視点を通して描かれています。全体として、ナチズムに対して何もすることができなかった父親世代への痛烈な批判になっています。
 ― : 現在でもドイツ人は戦争責任を感じているのでしょうか?
渡 辺: 普段から戦争責任を感じながら生活しているということはないでしょう。ただ、数年に一度――あるいはもっと長く間隔が空くこともありますが――ドイツの戦後処理のあり方について疑問を投げかけるような文学作品や社会的な出来事が現れて、それを機にさまざまな議論が飛び交うといったところでしょうか。日本も同じような歴史を背負っていますが、数年前小泉元首相が靖国神社に参拝したとき、大きな議論を呼びましたよね。ドイツでも似たような感じです。
 ― : 先生はなぜドイツ文学を研究するようになったのでしょうか?
渡 辺: 私はもともと山形大学人文学部の出身でドイツ文学を専攻していました。でも、ドイツに特段の興味があったわけではなく、単に「ヨーロッパの街並みはきれいだな」というような、普通の憧れ程度のものでした。ところが、ある日ドイツ人教師と話をしていた時、そのドイツ人が何気なく言った言葉にたいへん驚きました。彼女――そのドイツ人は女性でした――は、「日本の街並みはたいへん美しいと思う」と言いました。京都や金沢が美しいというのではありません。山形の、何の変哲もない住宅地を指して、美しいと言ったのです。私はそれまで、日本人がヨーロッパに憧れを抱くことはあっても、その逆はないと思っていました。でも、その時、ヨーロッパ人が日本やアジアに抱く憧れもあるのだとうことに気づきました。また、視点や民族や国が変われば、同じものでも違ったように見えることにも気づきました。それから、ドイツ人はいったい何を考えているのだろうかという点に大きな興味がわいてきて、ドイツ文学がたいへん面白く感じられるようになりました。そのドイツ人教師の一言がなければ、ドイツ文学の研究者になっていなかったかもしれません。
 ― : ドイツ文学のなかで、高校生にお勧めの作品はないでしょうか?
渡 辺: ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』をお勧めします。戦後に生まれた者たちが、 ドイツの「過去」とどのように向き合っていくべきかを問うた作品です。作品の中に明確な答えは書かれていませんので、みなさん自身で探してみて下さい。
 ― : 私も読んだことがあります。今まで何気なく読んでいたのですが、今日の先生のお話を聞いて読むと、また違った面から読めそうです。今度読み直してみます。
では最後に高校生に一言お願いします。
渡 辺: 今の人たちは新しい物事にチャレンジする気持ちが薄いように思います。高校の延長でできることだけを求めるのではなく、大学でしかできないこと、学べないことに積極的に取り組んでほしいですね。

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